権現岳東稜

日程 2007/2/3(土) 〜 2007/2/4(日)
山域 八ヶ岳:権現岳東稜
ジャンル 雪山バリエーション
メンバー T.J、M.Su、他2
コース 2007/2/3(土) 美しの森−出合小屋−権現岳左俣−稜上(T.S)
2007/2/4(日) 稜上(T.S)−バットレス−川俣尾根−美しの森

記録

八ヶ岳 権現岳 権現沢左俣〜東稜 2007年2月3日〜4日

やっぱり冬山が最高だ。快適なボルダリングエリアももちろんいいが、岩や氷、雪と風。そうしたものに心惹かれてしまうのはなぜだろう。しんどいラッセルに怪しい支点でのランナウト、寒さと重い荷物。いいことなんかひとつもないことはわかっているはずなのに。

さて、この冬は氷を登るぞ〜と思っていたのに、記録的な暖冬で、どこに行ってもしょぼい氷しかない。まったく登れず敗退、なんてこともあったし、すっかりしょげ返っていた。温暖化を食い止めるためにわれわれにできることは...ま、それはおいといて、暖冬・寡雪を逆手にとって、例年なら厳冬期はちょっと敬遠するような岩と雪のルートに行ってみた。権現岳東稜だ。

ウエブ上の記録を読んでみると、いわく、バットレスの通過に5時間かかっただの、結局登れずに敗退しただの、地獄谷の文字通り地獄のようなラッセルに苦しんだだのと、ろくなことが書いてない。少々ビビリながらも、富山のカメラマン黒部氏(仮)、物好きにもASCの見学に来たミッキー、そしていつもの相方タコ坊主「J」、そして私の四人は早朝の美しの森駐車場に集まったのだった。

さて、天候は申し分ない。朝陽を浴びて林道から河原の道をえっさか遡る。まるで四月のような陽気。未練がましく氷を求めて、権現沢左俣で大滝を登ってから東稜に出る計画にしたものの、はやくも不安がよぎる。しかし見上げる権現岳はやっぱし、かっちょいい。出合小屋までトレースはばっちりで二時間弱。小屋で装備をつけて、赤岳沢へと続くトレースに別れを惜しみつつ権現沢に踏み入っていく。

雪は表面はしまっているものの、中はスカスカ。とはいえせいぜい膝までのラッセル、先頭を交代しながら迫力あるゴルジュを抜ける。ところどころ吹き溜まりで胸まで埋まってしまい、脱出が苦しい。途中の小滝はすべて雪で埋まっているか、水がジャカジャカ流れている。高まきしようとするとたいてい埋まってしまう。めげずにラッセルを続けること3時間、三つ又状から右手の雪壁をつめあがった先に20メートルほどの大滝が姿を現した。

大滝は凍っているものの、気泡をふんだんに含んでなんだか白っぽい。右側は透明だが下の岩が見えていて薄そう。さて、いつものように誰がリードするかで揉める。全員の陰湿な譲り合いの結果、なんだかんだで私の出番だ。ラインは左側の白氷、水が流れる音も聞こえる。微妙に凹状で、85度くらいか。とりあえず空身で取り付き、アックスを一刺し、やはり柔らかいせいかよく刺さる。スクリューもスイスイ入っていくが、おしりから出てくる氷はなんだか溶けかけたカキ氷みたいだ。とはいえ快適(?)にロープを伸ばす。

落ち口で打ち込むと氷が割れて水が流れ出してきた。うひゃ〜、手袋が水浸し。むしろナメ部分のほうが氷を踏み抜かないか緊張する。右の岩に張り詰めた氷にスクリューで支点を作ってロワーダウン。荷物を担いでもう一度登り返す。

フォローのビレイをJにまかせて、大滝上すぐの左岸ルンゼをつめていく。雪壁から途中草つき絡みの岩が出ているが、階段状でやさしく見える。ここを上がってみる。が、岩まで来てみると意外に傾斜がきつく、ホールドもあんまりない。左手はツララ、右は草つきに打ち込んだアックスでミックスクライミング。ちっとも楽しくない。何で流行ってる(?)のか理解に苦しむ。ここが今日一番の核心となってしまった。ちゃんとビレイして登るべきだったな〜。

さらに悪いことに、ロープを引きずってきた黒部氏、岩にロープをスタックさせてしまう。しかも岩場の抜け口の悪いところで立ち往生。しかたなくロープをはずし、まだ大滝でミッキーをビレイしているJに回収を頼む。ミッキーはノーチューンのピックでかなり苦労しているようだ。まともな山は二年ぶりだって言ってたしな〜。

ルンゼ上部であとの二人を待つがなかなか上がってこない。小一時間もしてスタカットで二人が上がってきたときはホッとした。ルンゼの上部も傾斜がきつく、ラッセルが苦しい。日中、陽が当たるためか雪が極端に悪い。ちっとも固まらない雪に、トンネルを掘るようにして前進して、やっとこ狭い稜の上に出る。

あわよくば今日中に山頂を...ともくろんでいたが、氷とルンゼでかなり時間を食われ、日もだいぶ傾いている。体力の消耗もあってここで幕営。ギリギリの狭さを何とか整地するが両側は切れ落ちていて、夜中のトイレで誰か滑落しないか不安になる。

見上げるとバットレスの岩場が黒々とそびえたっている。不気味だ。夕飯をかきこみ、「野グソはなぜ気持ちいいのか」などについて真剣に討論していると夜も更けてくる。月光に照らされるバットレスや赤岳が荘厳。オリオンがよく見える。明日もいい天気だろう。むかし誰かが言ったように、星が出ていればクライマーは幸せなのだ。

とおもいきや、翌朝目覚めてみると当たりは真っ白。小雪まで舞っている始末。誰の日ごろの行いが悪いかでひとしきりもめた後、とりあえず日の出まで様子を見る。日が昇るにつれて明るくなり、雲も意外に薄そうだ。とりあえず出発。樹林や岩がらみの雪稜をひと登り、「着いちゃいました」という感じであっという間に岩場の基部だ。

草つきを一段上がったところにテラスがあるように見えるので、そこまで上がってみると外傾していて狭い。支点もない。仕方がないので下にいるメンバーにロープをたらしてビレイしてもらってそのままリードする。またもや自分から泥沼にはまり込んでいくのだった。

さて、お楽しみのバットレスである。とりあえず雲は晴れて朝陽が降り注いでいる。振り返れば富士山。ロケーションは抜群、ビビリかけた心も少しばかり晴れる。草つきピオレトラクションから左の稜線に出て、ところどころ傾斜のきつい階段状を登っていく。うっすらと雪が載っていてホールドがわかりづらい。アイゼンで重くなった足で、きっついハイステップ。ドライツーリング気分でバイルを引っ掛けて登っていたが、やがて面倒くさくなって手袋で登る。ちょっと小さいホールドもあるが、なに、豊田の岩場にありゃあこんなホールド、ガバもいいとこだよ…。残置支点もほとんどなく、せっかくナッツをフルセット持ってきたのにまともなクラックなんてありゃしない。結局30mほどを残置ピトン2、3個くらいのランナウトに耐えて登る。権現沢もはるか足元、高度感もなかなかのもの。

いいテラスがなかなかないので、どんどん進んでいくとビレイヤーから半分のコールがかかる。もう一段上ってみよう...やっぱりあんまりよくない。「10m!」う〜んどうしよう。もう一段だけ上がってみよう。...支点が取れない。「あと5m!」しかたがない...クライムダウンだ。たっぷり10mは降りて、岩ごとはがれそうなリスにピトンを打ち足してビレイする。

フォローの三人は、そんな支点の貧弱さも知らずか、ぶつぶつ言いながらもそれなりにサクサク登ってきやがる。さんざ苦労したリードとしては少々気分が悪い。とはいえあまり待たされるのもいやだけど。陽光がまぶしいくらいで、稜線から巻き上がる雪煙がきらきらと舞い落ちてくる。こんなに快適でいいんだろうか?

2ピッチ目は傾斜のきつい一段をのっこすと、あとは快適な岩と雪壁。稜に出る手前のしっかりした立ち木でビレイ。あとは主稜線まで美しい雪稜が続いている。青空に吸い込まれるように高度を上げていく仲間たち。なにもヒマラヤじゃなくたっていいんだ。ここがどこかなんてどうでもいいよ。全部が世界で一番美しい瞬間だ。俺たちってメチャメチャにかっこいいよなあ。

稜線上は強い風が吹いていて、横っ面にあたる雪のつぶてが痛い。フードを深くかぶりこみ、風と疲れで少々ふらつきながらとんがった岩の山頂を目指す。

やがてイワイワした山頂に到着。富士山に南から北アルプスまで一望のもと。赤岳なんてもう手が届きそうだ。これこれ、こいつはやっぱりクジラ岩では味わえない快感だ。お決まりの叫び声を上げ、こんなところまでわざわざ来てしまったアホどもと握手を交わす。強風の中でも岩陰に座り込み、ポットのお茶をすすって小休止。

さて、下降だ。三つ頭から川俣尾根を下る。主稜線からちょっと下るだけで風は収まり、快適に高度を下げていく。登ってきた東稜を見渡して自己満足に浸る。川俣尾根には目印ひとつなく、尾根から外れるところも適当にめぼしをつけて下るが、潅木帯に入ってしまってズボズボはまりながら苦心惨憺トラバースしていくとルンゼ状に出た。雪崩れないか警戒しながらルンゼに沿って下る。ときどき滝上に出て行き詰るが、カモシカのトレースに助けられながら下る。ときどき糞の山ができているのには困った。

やっと河原に降り立ったときには夕暮れの気配が近づいていた。舗装路のようなトレースを疲れた体に鞭打ちながら降り、駐車場についたときには消え入りそうな夕映えが真っ赤な輝きを見せていた。

今回もなにひとついいところなんかなかった。グサグサの悪い氷、貧弱なピトン。ちっとも固まらない雪のラッセル。何が楽しかったのか、まったく説明できないのが不思議だ。そんでまた、帰りの車の中で次はどこに行こうかなんて話してる。つくづく馬鹿な、クライマーという生き物に生まれついてしまったものだ。

いまも、貧弱な大胸筋の裏っかわで思い出を触媒に、憧れが連鎖反応みたいに加速してる。いつか行く、あの山々、ルートの数々。中途半端な山ヤではあるけれど、一番大事なものだけは、持っているんじゃないだろうか...と自惚れてたりする。

権現沢左俣大滝
大滝を越えて左岸のルンゼを登るミッキー
バットレス1P目
バットレス2P目
バットレス2P目の抜け口

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